元ジャニーズJr.の田中純弥さんと飯田恭平さんが、故ジャニー喜多川氏からアメリカ滞在中に受けた性被害について、アメリカの裁判所に提訴しました。
当記事では、原告の一人である田中純弥さんの、ジャニーズJr.時代の経歴や、現在の活動についてご紹介します。
【ジャニーズ性加害問題】田中純弥さんと飯田恭平さんがアメリカで提訴
故ジャニー喜多川氏の性加害問題はまだまだ決着とはいかないようです。
2024年12月20日。元ジャニーズJr.の田中純弥さんと飯田恭平さんが、旧ジャニーズ事務所(SMILE-UP社)と元幹部らを相手に、計3億ドル(約460億円)を超える賠償を求め、アメリカ、ネバダ州クラーク郡の裁判所に提訴したことが明らかになりました。
訴状によると、2人は田中純弥さん(43)と飯田恭平さん(37)。田中さんは15歳だった1997年3月、飯田さんは14歳だった2002年8月に、ラスベガスのホテルで喜多川氏から性被害を受けたとしている。田中さんは1997~98年、飯田さんは2002~06年にかけ、定期的に性被害に遭ったとも言及している。 請求額は、それぞれ補償的賠償が5千万ドル、懲罰的賠償が1億ドルの計1億5千万ドル以上。加害行為を予見できたにもかかわらず、適切に対処しなかったとして、スマイル社の藤島ジュリー景子代表取締役や元幹部らの責任も追及する。
https://news.yahoo.co.jp/articles/ada9342e94bc13f6253265a2040f854253d57f8f
スマイルアップ社が故ジャニー喜多川氏の性加害を認めた2023年9月以降、被害者側が賠償を求めて提訴したのは今回が初めて。そして、海外での提訴も初めてです。
アメリカは日本と比べて小児性犯罪に厳しいと言われています。また、訴訟大国と言われるだけあって賠償金額も日本よりも大きくなることが予想されており、今後の動向に注目が集まります。
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元ジャニーズJr.の田中純弥さんのプロフィール(結婚や妻子は?)
今回、賠償を求めてアメリカ裁判所に提訴したひとり、田中純弥さんとはどのような人なのでしょうか?
田中純弥さんのプロフィールは以下のとおりです。
氏名 | 田中純弥(たなかじゅんや) |
生年月日 | 1971年7月13日 |
出身 | 京都府城陽市 |
血液型 | A型 |
ジャニーズ事務所在籍期間 | 1995年8月~1998年11月 |
職業 | 画家/イラストレーター/ミュージシャン/経営者 |
田中純弥さんの結婚や妻子についての情報は見つかりませんでした。
田中純弥さんのジャニーズJr.時代の経歴は?
田中純弥さんがジャニーズ事務所に所属していたのは1995年8月から98年11月までの3年3ヶ月です。
田中さんは母親の勧めでジャニーズ事務所に入所しました。
その後は関西ジャニーズJr.の主要メンバーとして活躍。
現SUPER EIGHTの横山裕さんらとともに「Kanjani Knight」という看板テレビ番組に出演したり、「堂本剛のDO-YA!」にレギュラー出演するなど関西ジャニーズJr.の人気を牽引するひとりでした。
1997年から98年にかけては、現・嵐の大野智さん、原知宏さんとともに舞台「Kyo to Kyo」に主演し、1日5公演✕2年間というタイトなスケジュールを見事にこなしました。
また、同公演のために結成されたグループ「TOP-J」ではセンターも務めていました。
しかし、人気ゆえに多忙だった田中純弥さんは、「好きなことをして生きてみたい」という理由で1998年11月にジャニーズ事務所を退所。
在籍期間は3年ちょっとと短かったものの、中身の濃いジャニーズJr.時代を過ごしました。
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田中純弥さんはジャニーズ事務所退所後にミュージシャンへ転向
田中純弥さんはジャニーズ事務所を退所後、元関西ジャニーズJr.の仲間らとインディーズバンド「JAVELIN HEAD」と「HUMPTY(のちに、あのHUMPTYに改名)」を続けて結成。
あのHUMPTYは2010年にメジャーデビューを果たします。メジャーシングル『飲み過ぎんなよ〜Yaaaahバババイ〜』はレコチョクダウンロードランキング1位。YouTube再生回数300万回超えのヒット作となりました。
↑あのHUMPTY『飲み過ぎんなよ〜Yaaaahバババイ〜』MV(田中純弥さんはボーカル担当)
しかし、あのHUMPTYは2012年に活動を休止。
その後、田中純弥さんは新たな道を切り開いていきます。
田中純弥さんは現在何してる?
所属バンドあのHUMPTYの活動休止後、田中純弥さんはAMO JUNYAという名前で画家としての活動を始めました。
2013年からは毎年、全国各地で個展を開催し、2015年以降はアーティスト名を本名の田中純弥に戻して活動を行っています。
田中純弥さんを象徴する作品は、キノコとネコの子「キネコ」です。
また、田中純弥さんは飲食店の経営者でもあります。田中さんが営むお店「六本木Cafe Bar D.D」は今年で開業14周年。元ジャニーズJr.の仲間が来店することもあるようです。
店内には田中さんの作品がたくさん飾られています(壁紙も作品)。
まとめ:田中純弥さんはジャニーズ退社後ミュージシャンからアーティストに
田中純也さんはジャニーズJr.を辞めたあと、ミュージシャンとしてデビュー。その後はアーティスト(画家)として活動しながら、バーの経営も行っています。
アイドルとしての才能だけでなく、音楽の才能、絵の才能、経営者の才能を備えた多才な方なんですね。
現在の活動も順調なようなので、お金に困って提訴というわけではないように感じます(個人の感想)。今後アメリカでの裁判はどのような展開を迎えるのでしょうか。